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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)914号 判決

控訴人 城陽治

被控訴人 佐々木豊一

主文

原判決主文第一、第三項を取り消す。

和歌山県新宮市新宮四一九八番地の二、畑二畝二十七歩を農地以外のものにするため、右畑の所有権を控訴人に移転するについて、被控訴人が和歌山県知事に対し農地法施行規則第六条の規定による許可申請の手続をすることを命ずる。

被控訴人の反訴請求に対する控訴人の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二項とも本訴に関するものは被控訴人の負担とし、反訴に関するものは控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。和歌山県新宮市新宮四一九八番地の二畑二畝二十七歩を農地以外のものにするため、右畑の所有権を控訴人に移転するについて、被控訴人が和歌山県知事に対し農地法施行規則第六条の規定による許可申請の手続をすることを命ずる。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審における本訴及び反訴に関するものとも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は本訴及び反訴に関するものとも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人の方で、

主文第二項記載の土地は新宮市で住宅地又は商業地として発展すべき場所にあつて、その隣接する土地は殆ど全部現況宅地で既に宅地に地目を変更せられており、本件土地についても和歌山県知事に対し農地以外の目的に転用することの許可申請をすればその許可の得られることの確実な実情であつた。被控訴人は容易に右許可が得られる旨言明したので、控訴人はその長男の住宅を右土地に建築するため、所有権の移転及び使用目的変更についての知事の許可を停止条件として右土地の売買契約をしたものである。知事の許可があつた場合、条件の成就により契約は効力を発生すべきものであつて、全面的に無効となるべきものではない。売主である被控訴人が右の許可申請をして条件成就に努めることは、このような売買契約に伴う信義誠実の義務である。まして控訴人は被控訴人の要求により代金全額の支払を了し、被控訴人が早急に許可申請手続をすることを依頼したところ、被控訴人は目下手続中であると答えた。控訴人は一日も早く許可のなされることを希望しておるものであつて、控訴人が許可手続に協力しないというようなことはない。被控訴人は昭和二十五年十月二十日頃右土地について使用目的変更について農地調整法第六条による許可申請をしたようであるが、これについて控訴人は何の交渉も受けなかつたので、建築物の坪数等具体的要件を右申請に表示して協力する機会もなかつたのである。被控訴人が簡単に右申請を返却されていることでは、被控訴人が約旨に従つた許可申請手続をしたものとはいえない。しかし、被控訴人がともかくも知事の許可申請をしたことは、本件売買契約が知事の許可を停止条件とするものであることを示すものである。

和歌山県における実際の取扱を見るに、新宮市農業委員会備えつけの農地法第五条の規定による許可申請書用紙には、申請文言の後に譲渡人、譲受人の記載を設けており、譲渡予定者、譲受予定者と記載していない。これは、所有権の移転を前提として申請することを示すものであり、知事の許可を停止条件とする売買契約であることに帰着する。農地調整法、農地法が取り締ろうとするものは、全く許可申請手続を無視した譲渡や、申請が却下又は不許可となつたのにかかわらずなお履行するような場合であると述べ、

被控訴人の方で、

農地調整法第四条第一項、第六条第一項にいわゆる都道府県知事の許可及び市町村農業委員会の承認は、農地に関する権利の設定又は移転その他農地を耕作以外の目的に供しようとする場合の当事者の行為に対する効力発生要件であり、これを欠く行為は総て無効である。思うに農地調整法は農地改革のため、耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図り、農地関係を調整すること目的とするものであるから、この目的堅持のためには厳格な監督を要するものであつて、その表れが知事の許可であり、農業委員会の承認である。従つてこの監督を離脱してなされる行為は許されないばかりでなく、無効とする法意である。同法第四条第五項が明文をもつて、許可又は承認を受けないでした行為はその効力を生じない旨規定したのは、この趣旨を明白にしたものである。又同法第四条、第六条の規定に違反したものに罰則を設けているのも、許可又は承認を得ないでした法律行為を停止条件付に有効とする趣旨でないことが明らかである。この許可又は承認はいわゆる法定条件であつて、当事者の意思で左右できる停止条件又は解除条件をつけることはできない。以上述べたところは農地法においても同様である。

本件売買契約に際し知事の許可を受けることについて何等具体的な約定は存在せず、知事の許可を停止条件としたものでない。

仮に知事の許可を停止条件としたものであつたとしても、被控訴人は再三控訴人に対し許可手続に協力することを請求しておるのに控訴人が顧みないため、被控訴人は許可申請をしたのにかかわらず知事の許可を得ることができなかつたものである。

と述べた外、いずれも原判決事実記載と同様であるから、これを引用する。

〈立証省略〉

理由

まず、控訴人の被控訴人に対する本訴請求について判断する。

控訴人が昭和二十五年七月五日被控訴人からその所有の主文第二項記載の畑を代金三万二千五百円で買い受け、即日代金全額を支払い、右畑の引渡を受け、現にこれを使用占有していること、右畑が耕作の目的に供される、いわゆる農地であることは当事者間に争がなく、成立の争のない甲第二号証によると、控訴人は右畑を宅地としてその上に住宅を建築するため、被控訴人から買い受けたものであり、被控訴人もこれをよく知つていた事実を認めることができる。

右売買契約において当事者が所有権の移転及び使用目的変更について和歌山県知事に許可申請手続をすることの明示の意思表示があつたことは、これを認むべき何等の証拠はないけれども、前示甲第二号証と弁論の全趣旨とによると、反証のない限り、前示売買の目的を達するため、当事者双方が右許可申請手続をするについて協力する旨の暗黙の合意があつたものと認めるのを相当とする。思うに、右契約当時施行せられていた農地調整法同法施行令、同法施行規則の規定をみると、同法第四条第一項、同令第二条第一項、同規則第六条の規定によると、農地の所有権を取得することによつてこれを耕作以外の目的に供しようとする場合に、その所有権を移転し又は取得しようとする者は、農地所在地の市町村農業委員会を経由し、都道府県の長に一定の申請書を提出して許可を受けること、この申請書は当事者双方連署してすることを妨げない旨を定めてあるものであつて、農地を耕作以外の目的に供するためこれを取得する場合、まず同法第四条の規定による所有権移転の許可を受け、その後更に同法第六条の規定による使用目的変更の許可を受けなければならないものではない。従つて当事者双方は農地の所有権移転及び使用目的変更について同規則第六条の規定による知事に対する許可申請について協力を約したものと認めるべきである。もつとも右規定によれば当事者の一方は相手方が約旨に反して許可申請に協力しないときは、単独でも許可申請ができるものと解せられるが(同規則第六条第四項参照)、農地調整法の廃止後農地の権利移動及び転用の制限に適用せられる農地法第五条、同法施行規則第六条、第二条第二項の規定によると農地を農地以外のものにするため、これを取得する場合、市町村農業委員会を経由して都道府県知事に許可申請をするには、当事者が連名でするものと定められているから、当初当事者双方が許可申請に協力する合意があつたものと認められる以上、被控訴人は控訴人とともに同規則第六条の規定による知事に対する許可申請手続をする義務があるものといわなければならない。

被控訴人は本件売買が農地の所有権移転について知事の許可がないから無効であると主張し、農地の所有権の移転は当事者が都道府県知事の許可を受けなければその効力を生ぜず、又右許可を受けない移転に対し罰則を設けていることは、農地調整法においても、農地法においても同様であるけれども、右各法律において、農地の所有権移転について都道府県知事の許可を要するものと定めたのは、耕作者の権利を保護し土地の農業上の利用関係を調整する見地から、農地に対する現実の支配の変動を制限しようとするものであるから、所有権移転についての知事の許可を停止条件として農地の売買契約をすることは知事の許可前に農地の現実の支配状態に変動をもたらすものでなく、何等法の禁ずるところではない。農地調整法施行規則第六条第一項第三号、農地法施行規則第二条第一項第四号において、許可申請書に権利を移転しようとする契約の内容を記載することを定めておることも、法が許可を条件とする売買契約の締結を認容していることを示すものである。従つて本件売買契約も特別の事情の認められない以上、所有権の移転及び使用目的変更についての知事の許可を停止条件としたものと認めるのを相当とする。

被控訴人は控訴人に対し許可申請に協力することを再三請求しておるのに控訴人がこれに応じないため知事の許可を得ることができなかつたものであると主張するけれども、これを確認できる証拠はない。

そうすると、右畑を農地以外のものにするため、その所有権を控訴人に移転するについて、被控訴人は和歌山県知事に対し農地法施行規則第六条の規定による許可申請手続をする義務を負担することは明らかであつて、被控訴人がその義務を履行しないときは控訴人はこれを命ずる確定判決を以て申請の意思表示に代えることができるから、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。

次に被控訴人の控訴人に対する反訴請求について判断する。

被控訴人は本件農地の売買は所有権移転についての和歌山県知事の許可がなく当然無効であるから、その所有権は被控訴人から控訴人に移転していないと主張する。右売買契約は所有権移転についての知事の許可を停止条件としたものであつて当然無効のものでないことは前示のとおりであるけれども、本件農地の所有権移転についてはまだ知事の許可がないから、その所有権は被控訴人から控訴人に移転していないものといわなければならないのであつて、控訴人主張のように、被控訴人との関係においては所有権が控訴人に移転したものと解することはできない。そして前にも説明するように、農地調整法及び農地法において、農地の権利移動について都道府県知事の許可を要するものとしたのは農地に対する現実の支配の変動を制限しようとするものであるから、農地の所有権移転についての知事の許可がある前にその占有を移転することは許されないものと解するのを相当とする。従つてたとえ控訴人が被控訴人との間に知事の許可の得られる前から本件農地の引渡を受けることを約束していたものとしても、その約束は効力を生じないものといわなければならない。そうすると控訴人は知事の許可のあるまでは本件農地を占有するについて法律上許容せられる権限を有しないことになるから、所有権に基いて控訴人に対しその引渡を求める被控訴人の反訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。

従つて原判決中において被控訴人反訴請求を認容した部分は正当であつてこれに対する控訴人の控訴は理由がないが、控訴人の本訴請求を棄却した部分は失当であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 松村寿伝夫 熊野啓五郎)

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